大学は、「分かりきらないところをなんとかヤリクリして筋道を見つけていく」ところ
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et cetera-life
より。
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教師は(高校教師だけでなく予備校教師もまた) 分からない学生に分かってもらおうと努力する。そしてどれだけ分かってくれたかをテストする。
だが、森毅さんの考える数学の入試問題は、その受験生がどれほど「分からない」を「分かった」に変えられるか、その力をテストするのである。
あるいは完全には分かりきらないのがふつうのことであるから、その分かりきらないところをなんとかヤリクリして筋道を見つけていく、その力をテストする。
(上記書籍より引用)
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こんな入試問題なんて見たことない。
というか、そんな区別が僕にはつきません。
おそらく、大学入試を控えた時期だったら、
「難問、奇問」
として、その大学を選択肢から外したことだろう。
こういうメッセージを発してくれていたのかなあ。
こういうメッセージを受取れる自分でいたかなあ。
メッセージを受取っても、それに立ち向かっていける気合いがあったかなあ。
大学入試のころ、というと高校生時代、
僕にもあったのですが、
自信がなかった。
自己肯定感がなかった。
やりたいことがなかった。
守りたいものが、自分自身以外なかった。
つくづく思います。
だからって、何もふて腐れていた訳ではなくて、
音楽部で合唱をしたりオーケストラ演奏をしたり、
部活の帰りにはメンバーと王将に寄ったり、
学校の成績もそれなりで国立大学に受かる程度にはできたし、
クラスメイトとは、・・・・・記憶にないなあ。申し訳ない。
という程度だった。
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森先生が求めているような、
「数学につき進んでいく若者」と同類の若者
ではなかったなあ。
でも、だからこそ大学に行けたことは良かったことだと思うし、
価値があった。
何度も紹介しているが、
にあった、『目に見えない成果』をたくさん手に入れた。
それが血肉になっている。
人生の分岐点だったと、今言える。
それまでの人生を振り返ったり、
僕からのものの見え方を考えると、
大学入試時点では森先生の意図する試験を突破できなかっただろうけれど、
大学に入ってからでも構わないけれど
今回僕が書いているようなことに僕自身が気づいて、
今回引用した書籍の著者 野矢 茂樹さんのように、改めて学士入学したり、
転籍していればと思う。
今からでも、決して遅くはない。
そういえば、しばらく前まで
「大学、いや、学校(で教えてもらうの)はもういいかな」
と思っていたのは事実。
給料でなくてもいいが、
お金をいただきながら研究できるのであれば、
大学に行くのも悪くない、
とも思う。
研究自体は、一生かかるものだとも思うが。
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もし、今受験を控えている人がこの文章を読んでいるのであれば、
このような考え方もあるのだ、
とインプットしておいてほしい。
いつか、この答えは自分の中から出てくる。
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