ディベートとダイアログ
公開日:
:
最終更新日:2013/09/05
et cetera-life, et cetera-opinion
敗戦の日にあたり、国内も国外も、
「私が正しい」と思い込みの評価だったり、捏造した事実だったりして、
「今を生きる私たちの対話」ができないのは相手のせいだと言いあっているのを見て。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
どちらが正しいか、自分が勝者になるよう、相手の言い間違いや小さなミスをあげつらって議論するディベート(討論:debate)。
相手の言葉に触発されて、双方が出し惜しみせずに新しい発想を出し合い、重ね合うダイアログ(対話:dialogue)。
私は、対話をしたい。
少しに言い間違いをしないようにと、注意を払って小声で話すよりも、
付け込まれないようにと強い口調で言い放つよりも、
小さな気付きを共有したい。
それを尊重しあえる仲間でありたい。
そんな気付きを生み出せる場を持っていきたい。
間違っていたっていいじゃないか。
終わった後で、その途中で検討して、
次に別の方法を選べばいいんだから。
対話は対話だけれど、
対話は、試行、チャレンジの行動とセットです。
私は対話の場を応援します。
小学生を見ていると、
ちょっとしたいたずらや仕返しが、だんだんエスカレートしていきます。
相手の身体を傷つける危険なことをやろうとします。
最後は、
「僕の方が痛かった」
「僕の方が10倍された」
と、被害の程度を言い合います。
この現実を作っているのは、私なんだ。そう、あなたなんだ。
100%の被害者なんてない。
生きている限りは、相手が被害者の面も必ずある。
だからといって、そこで黙るのではなく、
より良い今を作るために対話をするんだ。
自分の正しさを主張しあっているのだと、
主語と理由をあいまいにしたまま
「被害者は私だ。私は悪くない」
と言っている、どこかのバカな大人たちと一緒だ。
と、子どもたちを見ていて思う。
一度、お互いが相手の立場になって、ディベートすればいいんだ。
それをすると、武装した「ビリーフ」や「価値観」が緩む。
その上で、対話をしましょう。
私たちは、子どもたちのモデルになりましょう。
関連記事
-
-
「TOYOTAでGO!GO!GO! トヨタ店70周年記念オリジナルダンス動画 」
TOYOTAでGO!GO!GO! トヨタ店70周年記念オリジナルダンス動画 ところどころ
-
-
「10年前には存在しなかったが、いまは身の回りにあるモノ」
> 米国の大学で、新学期になると学生にこんな問いかけをする経済学の教授がいた。「10年前には存在しな
-
-
「自分の言葉では、まだ語れない」というしかない体験
> 「第二のふるさと」「宝物」といった言葉を使うのに抵抗がある。 > 「まだ、八坂での経験を消化
-
-
社会のできごとを反省する?誰かを吊し上げる?
フィンランドで大量殺人があったときは、大反省会だった。自分たちの教育の何がわるかったのか、自分たちの
-
-
プロとは、「発見する人」「発明する人」
「奇跡の復刊を支えた、とある書店員の仕事の軌跡」 「書店の生態系」 と言っても、店員さん
-
-
ケガをしない身体のこなし方の習得には?
新聞記事がありました。 手首守れ、大谷流死球のよけ方 内角球、背中見せるように上半身回転htt
-
-
捨てるほど「恵方巻」を作っている日本は不思議
恵方巻き、大量廃棄の現実 店頭に並ばないケースも…https://digital.asahi.com
-
-
Webの紹介『差別の種』
記事を紹介。 『差別の種 https://note.mu/harukazechan/n/nc
PREV :
「今」を生きて、「未来」に大切なものを渡す
NEXT :
「はだしのゲン」の学校図書館(松江市)での閉架に関する情報整理


