(学校編)「学ぶってどういうことかイメージできない」ってことはないですか?
公開日:
:
et cetera-life
リブログした元の記事のタイトルは
”大学の存在が遠い、大学生のいない町で中学生は大学をイメージできない”
です。
そうですね。
そうですね。
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もうちょっというと、
「大学でやっていることをイメージできない」
「学ぶってどういうことかイメージできない」
「大学生の本人が、学ぶってどういうことかイメージできない」
「大学受験を目指している高校生が、学ぶってどういうことかイメージできない」
「大学を終えた人が、学ぶってどういうことかイメージできない」
「研究者も、学ぶってどういうことかイメージできない」
「学びと(国家などの)資格の区別がついていない」
ということがありそうです。
僕は、
研究者にしても、
「就職先として研究者になったけれど、
必要性があって情報を得ることはあっても、
それは学んでいるのではない」(すべての人ではないが)
とも思うんです。
『学ぶこと』
を魅力的に語っている人は多くないし、
「何を見て」
「何を考えて」
「どんな行動をして」
「どこにどんな結果を出すか」
が『学ぶこと』か。
近くの小学生、中学生、高校生に話してあげてください。
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僕はいまだに、
「科研費から生活費を出していいのか?」
「調査研究のために海外に行くためのクラウドファウンディングから生活費を出してはいけないのか?」
ということがわからずにいます。
『学び』のためであれば、
昔のパトロンのように、すべて丸抱えで出してもいいと思うのですが。
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つまり、『学び』が
「個人の気づきの集大成」で、
「それが社会の役に立つ必要はないが、
役に立つようであればなおよい」
ぐらいのものじゃないか、と思うのです。
『自分が探求したいことに取り組むことが学ぶということ』
『そして、「学ぶ」をサポートするのが、教育』
これがわかれば、学校の風景もずいぶん変わる。
「大学で何が行われているか」
を伝えることも、その一つ。
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今辞書で、『学ぶ』を調べたら、
『study』と『learn』の違いが大きいのにも気づいた。
『work』は別として。
(「英語類語使い分け辞典」より)
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『study』
知識を身につけたり、理解を深めたりするために努力することで、その結果は問題にしない。学生が学科を勉強したり、専門的に研究する場合に用いられる。
『learn』
経験したり教わったりして、知識や技術を身につけること。
『work』
肉体的・精神的活動に従事するという意味を持つことから、文脈によっては「勉強する」という意味になる。
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僕の感覚としては、「大学」や「学ぶ」ということは、
『study』
が近い。
もっと手軽に『学んだ』方がいいと思うので、
到達点も考えなきゃならない『learn』は、
苦しくなるなあ。
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