自由な個人が、互いに生きていることを尊重し合う・・・
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et cetera-life
> 政治的な自由とは、自分がしたいことをすることではなく……自分がしたいと思うべきことができるということである。
> シャルル・ド・モンテスキュー
(選・鷲田清一)
モンテスキューの言葉は難しい。
「したいと思うべきこと」は、「公共的責務」のことだという。
これならまだわかる。
「自分の思いが高じて、社会はこうあるべき」
というのではなく、
「自由な個人が、互いに生きていることを尊重し合う社会で、
すべての人が、お互いを全部入れた社会の多様性を尊重しようと思うべき志を持って
政治に向き合うこと」
と言ったらいい。
~~~~~~~
子供はもともとニュートラルです。
誰とでも遊べます。
誰にでも親切です。
誰でも助けてあげようとします。
誰にでも力になろうとします。
そっとしておくといい場合があることを知っています。
自分から輪の中に入っていこうとします。
「多様性」
などという言葉を知らなくても、
それを自然に受け入れています。
大人が言えない差別的な質問も臆せずします。
子供が意地悪をしたり、
仲間はずれにしたりするのは、
何かの経験があったからです。
だから、おそらく、
子供は「公共的責務」という言葉は知らなくても、
どうするのがそういうことか、わかっています。
「自由な個人が、互いに生きていることを尊重し合う社会で、
すべての人が、お互いを全部入れた社会の多様性を尊重しようと思うべき志を持って
政治に向き合うこと」
こんなことを言わなくてもわかっていた子供が大人になると、
学び、
自覚しないといけないのです。
対等な目線で「多様性」を尊重しようとしているのか、
そもそも、本当に、「多様性を尊重」しようとしているのか、
自覚しないといけないのです。
http://digital.asahi.com/articles/ASJ5Z4FSJJ5ZUCVL00X.html?rm=130
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Web記事『小島慶子 子どもたちのお小遣い制廃止、その心は?』
『子供を前のめりにさせる(受け身にさせない)』 という視点では、興味を持ちました。
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